• 2014/4/11

【第2回】揺らがずとらわれず、あるがままに受け入れる

辻秀一氏、中土井僚氏をお迎えして、弊社代表取締役 羽物との対談を3回にわたってお伝えします。 最高のパフォーマンスを発揮するには? 家族や仲間と課題を乗り越えていくには?

第2回 小さな自己と大きな自己
中土井
中土井さん

自分が外にあることをどう認知していて、それによって感情や思考が生まれているのかを認知するというのはメタ認知のことだと思うのですが、興味深いなと思うのは、その感情や思考そのものを認知しているのは一体何なのかということです。

外にあることを認知している思考を自分ととらえるのは単純でわかりやすいですが、その思考そのものを捉えているというのは、ある意味、自分というものを自分が捉えているという不思議な現象です。

私はそれに関連した概念として、(U理論提唱者の)オットー博士の「小さな自己」と「大きな自己」という観点から捉えるようにしています。それは真実でもなんでもなくて、単なる一つの観点に過ぎないのですが、その観点がとても効果の再現性が高いなと思っています。

オットー博士の観点というのは、「人には2つの自己がある」というもので、それぞれを「小さな自己(self)」と「大きな自己(SELF)」と言っています。

私はよく、「小さな自己」が「自分という器」の操縦桿を握っているのか、「大きな自己」が操縦桿を握っているのか、という風に表現するんですけど。

辻
辻さん

なるほど。

中土井氏
中土井

操縦桿を握っている自分が小さな自己だと、それにとらわれて揺らいでいくって感じがしていて、でも揺らいでいる自分を大きな自己がグリップしているときにすごいパフォーマンスを発揮すると思うんですね。先ほどの自分の感情や思考そのものを認知しているのも、大きな自己なんじゃないかと思うんです。

小さな自己の反応である自分の感情や思考を大きな自己が捉えているんじゃないかと。

辻

そうだなあ、よく分かる。

中土井

その小さな自己の反応を大きな自己で捉えては、パフォーマンスにつなげるということに卓越しているのは、一流のお笑い芸人ではないかと私は思っているんですよね。彼らは今この瞬間、自分が焦っていることや、恥ずかしいと思っていること、ビビっていること、イラついていることを大きな自己で捉えては場に投げることで、笑いを引き起こしている。そのセンスが大切なんじゃないかと。

辻

そうですよね。

中土井

そんな風に思っている中で、「十牛図」をある方に教えてもらい、より一層自分の中で小さな自己と大きな自己の関係が自分なりに見えたんですよね。

十牛図ってご存知ですか。

室町時代にできたといわれる、禅の悟りを開く過程を絵で示したものなんですよ。

若者が牛という本来の自己を探していく旅だと言っているんですね。

内なる叡智、悟りは自分の中に
中土井

1番目の尋牛というのはどうやら大きな自己があるらしいと知る、2番目の見跡は、牛の足跡(指南書や経典)を知る。この世界観では、どれだけ書籍などで勉強し、何十年に渡って専門的な研究をしたとしても体験を伴っていなかったら、見跡に留まっていると言っています。

次に、見牛(3番目)は、牛を見た、つまり何かに大きく感動して、自分でもなんで泣いているのかわからないけど、涙が流れるような体験だったりとか、自分ではない何かに突き動かされたかのようなすごいパフォーマンスをする自分に触れます。得牛(4番目)で、牛を捕まえることになる、つまり大きな自己に何度か触れられるようになるんですけど、まだその牛は暴れているんですね。つまり、そうなっている自分はすごい、ととらわれている。で、それを飼い馴らすっていうのが牧牛(5番目)で、騎牛帰家(6番目)というのは牛の背中に乗って、要するに大きな自己とともにいられる。ただ、その時は自分が大きな自己を見ているという感じなので、大きな自己と自分がまだ切り離されている状態なんですね。

辻氏、中土井氏、羽物
中土井

7番目の忘牛存人になると牛を忘れてしまっていて、そのものになっている。大きな自己があるかどうかにとらわれていない。そのものになっている。

人牛倶忘(8番目)というのはいわゆる「空」の世界ですね。で、その後、返本還源(9番目)という自分自身がない、単純に世界と一緒になっている。最後の入てん垂手は、恵比寿さんと同じ状態になっているんですけど、この人はでっぷりとしたおなかをしていて、誰から見てもふつうの人で周りからすごいと賞賛されることもありません。自然とただ他者に貢献している、他者救済の姿になっているというのがあるんですね。

辻

最後はやっぱりそこに行き着くんですね。

すごいね。感動した。今日はいいこと聞いたなー。

羽物
羽物

深いですね。

過程を踏んでも、小さな自己ってなくなるわけじゃないんですよね。

自分のなかに小さな自己がある、と気づくことでしか、それを超越する自分にならないんですね。

辻

それを抑えようとすればするほど、「牛」じゃないけど、暴れるんですよ。

中土井

ちなみに「十牛図」は何十年にもわたって、参禅しないと何の役にも立たない無用の長物と言われています。その意味で、私は参禅もしていないくせに、勝手な解釈をしているだけですので、ある意味、愚の骨頂です(笑)。あくまで参考程度にとどめておいてください。

ありがとうのα波
中土井

座禅で思い出したことがあります。又聞きなので、確証はないんですが、禅僧と一般の人に座禅を組んでもらって脳波を測ったという話を聞いたことがあるんですね。

大きな物音がしたときに、一般の人はその後もずっと乱れが続く。でも禅僧は鳴った瞬間は一瞬動くらしいんですけど、すぐに戻ったと。

羽物さんがさっきおっしゃった「小さな自己はなくならないんだろう」という話は、そうなんじゃないかなと私も個人的には思います。

そして、大きな自己によって小さな自己を扱えるレベルを高めれば、小さな自己に操縦桿を握られる時間が短くなるということなのではないかなと。

ただ、十牛図のレベルでいったら、人牛倶忘(8番目)や完全に自分がなくなっている返本還源(9番目)といわれる領域までたどり着くと、本当に「小さな自己」が完全になくなるのかもしれません。少なくとも私はその領域には到達したことがないので分からないです(笑)

辻

まあねー、通常、難しいですよね。

辻氏、中土井氏
辻

脳波のことで言うと、フローになっているときって、α波とβ波が両方出ています。

羽物

そうなんですかー。

辻

そうなんです。β波っていうのは集中なんですよ、「揺らがず」なんです。これは、ある程度、認知でも作れるんです。「集中しろ、これ見ろ、見ろ」って言えば、ある程度集中して、「揺らがず」まではできるんですけど、そうすればするほど、α波が出にくいんです。

中土井

えー! 面白い!!

辻

それは何故かと言うと、とらわれるから。

吉田沙保里選手にロンドン五輪の前の年に、取材に行って脳波を測らせてもらいました。相手は組んだ途端にα波が下がる。でも、吉田沙保里は両方出ている。

羽物

えー! すごいなあ。

辻

だから、吉田沙保里はとらわれにくいんです。で、「世界選手権で残り3秒になったとき、ああいうとき焦ったりしないの?」って訊いたら、「一瞬焦るけど、でもただの3秒じゃないですか」「ただ一生懸命やっていればいいじゃないですか」っていう感じなんですよ。

羽物

トレーニングによって、自分でα波を出せるようになるんですか。

辻

出せるようになります。意味づけとか感情に気づいて、内側に視点を持っていく思考の習慣なんですよね。

この本(『心を磨く50の思考 ―誰でもできる「いい気分」のつくり方―』辻秀一著、幻冬舎刊)で言っているところの、いろんな思考法は脳が作り出しているので、ポジティブシンキング以外にどんな思考習慣を持っているかというのが大事なんです。たとえば、好きな食べ物は何ですか?

中土井

僕はカレー。

羽物

僕は肉。

辻

好きな女子のタイプはどうですか。

中土井

女性のタイプ、うーん、今すぐ出てこないですが、あえて言うなら仲間由紀恵さん、かな。

辻

って言ったら、僕らはいま、外界は何ら変わらないのにα波が出やすくなっているんですよ。

中土井

ふーん。好きなことを話すから?

辻

好きなことを考えただけでいいんです。思考には力があるのに

多くの人は好きなことを「行動でしなきゃ」と思っているんですよ。

好きなものを「食べて」気分を良くするって言ったら、行動に依存しているんですけど、「ライフスキル」、つまり、今日の共通言語で言うところの「大きな自己」は思考です。僕からすると、最大で5%くらいしか使っていない人間の脳をもっともっと心のために使う、新しい思考法を開発できると思っているんです。

認知の脳が僕のことばで言うと、”母国語”なんです。でも、バイリンガルのように、練習すれば、もう一つの言語が使える。僕は、バイブレイン(bibrain)と呼んでいるんです。

部下や奥さんに感謝した方がいいってみんな知っているのに、みんな感謝しにくいのは、認知で理由をもとに感謝しようとするからなんですよ。

ライフスキルでは、ただただ「ありがたいなー」って言って、何も関係なく、「ありがたいなー」と考えるだけなんですよ。みんな、その脳の習慣がないから、その方が難しいって言うんですよ。

羽物

それ、僕、すごい分かります。

辻

やっているでしょ?

羽物

やっています。

辻

やっているんですよ。

羽物

「なんか、ありがとう」なんですよ。

辻

そのように思考の習慣をしていると、α波が出やすい。

羽物さんはライフスキルがあると思いますよ。

代表 羽物
無条件の自分が向かうところ
中土井

今のお話を聞いていてすごく思ったのは辻先生の言っている「外側の認知」って、「条件づけられた自分」なんだろうなあって思うんですね。

何かによって「OKな自分だ」、何かによって「NGな自分だ」。

辻

Yes, yes, yes。

中土井

条件付きの「I(自分)」の中で生きているだろうなって思っていて。

でも、ただ感謝しているとか、ただ本当に楽しいのとかって、無条件にという感じだと思うので、無条件の「I(自分)」の世界に生きているっていうのが、正しい表現なんだろうなと思っていて。

「小さな自己」と「大きな自己」という考え方になじみ始めてから、数年に渡って「大きな自己」が一体何をしたいのかなって探究し続けたことがあるんですね。

「小さな自己」がエゴを満たしたがっているのはわかる。では、「大きな自己」は一体、何をしたがっているんだろう。と。その探究の果てに、たどり着いたのは「大きな自己」はただひたすら「許し、育みたい」んだなということでした。

「小さな自己」は自分のエゴを満たす、つまり究極的には生存を図ろうとして、自分が勝とう、生き残ろうとする。なので、反応的になればなるほど、戦うか、逃げるかというパターンに陥りやすくなります。

それに対して、「大きな自己」は「あるがままをただひたすら許し、ただひたすら受け入れて、そしてただひたすら育むっていうこと」がしたいんだろうなと。

だから、誰もが貢献の気持ちを持っているし、すごく傷ついている人がいると助けたくなったり、寄り添いたくなるんだろうなと。それに気づいた時、「大きな自己」は、誰であったとしても、その人を通して表れ出るものなんだなという思いに至りました。

辻さんがおっしゃった、いま、ただ感謝であるという状態だったり、いま、ただ楽しいというのって、「何がどうでなくっても楽しい」であっていいと許している「大きな自己」の現れであり、この「何がどうでなくっても楽しい」という感覚自体を育んでいこうとしているのかなって思いますね。

辻

僕も同じです。人間の元は粒子で、最後は光じゃないですか。その光の持つ法則って唯一、最後は「愛と進化」だと思うんですよ。

中土井

ほー、おんなじですね。

辻

同じなんですよ。

よーく考えてみたら生命体って、植物なんて、愛と進化でしか生きていないんですよ。

彼らは「大きな自己」だけで生きている。僕ら人間はそこに、「小さな自己」がこねて、いろんなことやって、それこそ殺し合って、戦争して、いがみ合っていて、嫉妬しあっていて、煩悩があるわけですよね。

中土井

私は、U理論が面白いなと思うところは、Uをくぐったとき、そこから生まれ出ているものって、時空を越えて他人に何かを起こすところだと思っています。

スポーツだったら、観衆と一体となり、まさに場を一緒に創っている状態になっていると思いますし、何度観ても泣けるようないい映画や時代を超えて愛され続けるモーツァルトの曲は、時空を越えて人の心を動かし、感動を与えていますよね。

それらって、Uを潜ったところから生まれ出ているものだろうと思っているんですが、そこから生まれたものは、たぶん、自分の肉体の限界を超えて、影響を与えることができるので、モーツァルトは既にこの世にはいなくて、肉体はこの世から消え去っているにも関わらず、多くの人の心を揺り動かすんだろうなと。

それと共に、別の側面でU理論の独自性を感じるところがあります。「個人の変容」のプロセスという意味では、今までも宗教儀礼や心理学も含めて、いろいろ存在していたんですよね。それに対して、U理論は集団で集合的に変容を起こすプロセスとしても捉えられていることと、そこから生まれ出る共創造(Co-Creation)による社会問題の解決がくっついているところなんです。

辻

あー、なるほど。

本対談は、2014年4月に旧BizLoungeに掲載されたものの再掲です。

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中土井 僚

中土井 僚

投稿者プロフィール

オーセンティックワークス株式会社 代表取締役
社団法人プレゼンシングインスティチュートコミュニティジャパン理事
2008 年にオーセンティック・ワークス株式会社を設立し、代表取締役に就任。 U理論をベースとしたマインドセット転換による人と組織の永続的な行動変容を支援する“組織進化プロセスコンサルティング”を行う。経営陣の分裂、膠着した利害対立、上司・部下関係や職場の人間関係の悪化等を自発的な解消に導き、それを“機会”に変えるリーダーシップ開発で、行動変容と組織変革を支援している。過去に手掛けた組織変革プロジェクトは、業績低迷と風土悪化の悪循環が続いていた化粧品メーカーのV字回復や、製造と販売が対立していた衣類メーカーの納期短縮など50社以上に及ぶ。著書に『U理論入門』、訳書として『U理論』がある。

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