• 2016/5/10

【第1回】グローバルで働き続けるために本当に大切なことは、チャレンジを楽しむこと

スパイスアップ・ジャパンを率いる豊田さんは、東南アジアやインドを中心にミッション:グローバルというグローバル人材育成のための海外研修を提供しています。近年、日本企業もグローバルな事業展開が進み、その事業を担う人材の育成が喫緊の課題となっていますが、グローバル環境で働くために大事なことについて、スカイライトの人材戦略担当で、豊田さんの大学の後輩でもある松川が伺いました。

第1回 逃げられない環境が、グローバルに通用する場慣れを培った
海外で働くために必要なのは、場慣れである。
松川
松川

いま、日本企業でグローバル系の人材と言った時に、どういう人が求められているのかという話題から始めたいんです。というのも、その求めている要件と実体にギャップがあるから、まさにそのギャップを埋めるために豊田さんのところのミッション:グローバル研修を受けに来る。企業はそういう形で埋めようとしている。豊田さんが日々やられている研修で、企業側のニーズを聞いたりだとか、海外連れて行ってみたときにやっぱり日本人ってこういうところがダメなんだよね、とかそういうところを伺ってみたい。

豊田
豊田さん

これ、すごく難しい話だなと思う。いま松川が言ったのだと「日本人」を全部一緒くたにしちゃっているけど、日本において「できる人材」というときだって、業種や職種や規模の大中小によって、あるいはポジションによって、できる人材って変わってくる。兵隊として最高なやつと、バックオフィスとして最高なやつと、全然違うから。そういう意味では、これがベストなグローバル人材っていないと思う。

簡単に言っちゃうと、その会社それぞれで違うはず。日本で普通にこの仕事ができる人が、たまたま客や部下が日本の人じゃなくて、インドだとかタイだとの人なだけで、同じように仕事をして、同じように部下を使って、同じように成果をあげられたらそれがベスト。っていうだけの話だから、職種・業種・年次によって違うのかなって。

松川

すごいステレオタイプなんだけど、あくまで例としていうと、インドの人ってあんまり根拠がなくてもとりあえず主張するみたいなイメージがある。とすると、そういう人とやりあうためには力強さみたいなのがあった方が良いのかな、と。インド人だけじゃなくて、グローバルで働くためには、と。

豊田

でもそれはさ、例えば、寡黙な東北人が、関西で営業するのが嫌だなと思ったりするのと同じだと思う。あるいは、関西人でも笑いがとれない関西人もいると思うし、ペラッペラしゃべる東北人もいるだろうと思うから。おれが相手にしているインド人は、確かに多少は主張するけど、おれにとってはそんなに違和感ないっていうか、何も感じないっていうか。これはスキルとか知識じゃないんだよね。場慣れっていうやつで。

くだらないのは、「英語何点必要ですか?」とか。異文化理解とか異文化コミュニケーションとかって言葉があるけど、それだって、場馴れが大きいと思うんだよね。

松川

それか!

例えば、海外で研修されてるのも、結局、英語力をつけたいじゃなくて、場馴れでしょ?

豊田

そう場馴れの研修。

松川

そう、そうなんだよ。

豊田

豊田さんの提供しているものはなんですか?って聞かれたら、「場と環境の提供」です、としか言っていない。スキルとか知識はそんなの必要であれば、幾らでも身に付けられる。例えば、メーカーだったらメーカーの仕事の中でつければ良いし、上がってくれば上がっていくだけ実績もつく、経験値も高まる、と。だけど海外に行ってできるかどうかっていうのは、それを補うものは英語力じゃなくて、あるいはスキルとか知識ではなくて、やっぱり場馴れだと。

松川

すごく場馴れという言葉が良い感じに響いているような気がしてます。例えば、豊田さんを考えると、場馴れという概念がとてもしっくりくる。豊田さんが普通の人かと言うと普通の人ではない、大学の頃から僕はそう思ってる(笑)

その普通じゃない感じが、なんでできているかっていうと場馴れなんだと思う。それがどう培われたかというと、やっぱりバックパッカー時代があったりするわけですか?

バックパッカーからストリート・スマートへ
豊田

でも、バックパッカーなんて世の中には沢山いるから。最後はセンスとか才能とかって多少はあると思う。先天的な、人より違うことをしたいとか、目立っていたいとか、そういうのは元々資質としてはあるんじゃないかな。

松川

豊田さんは、初めての場所に、地図があったとしても敢えて持っていかないタイプだったりするじゃないですか。それはもう、子供の頃からそうなんですか?

豊田

どうなんだろうな。ちょっと話それるけど、起業家の条件というと、負けず嫌いで頑固だと思ってて、じゃあ負けたくないからどうするか。負けたくないから、人より勉強するってタイプもいれば、ガチでやって負けるの嫌だから人と違う道に行くってタイプもいる。おれは、努力するのが好きじゃなかったから、人と違う道に行こう、人と違うことをしよう、と。だから、人が地図を持って行くならおれは持って行かない。まぁ、ひとつの逃げでもあるんだけど、人と違うことをして、「わぁ、あいつすごいな」って言われたいっていうのは確かに性格としてはあると思うんだよね。

でも、場慣れって意味で大きいのは、25歳で起業してからの経験だと思う。

松川

そうなんだ。

豊田

バックパッカーは好きなことしかしなくていいから。バイトして一生懸命、金を貯めて、海外にいったら好きなことしかしなくていい。だから、はっきり言って勝負じゃないんだよね。単純に自分の好奇心に従って行っていただけで。海外に行っても躊躇なくどこにでも行けるとか、誰とでも話せるとか、相手がなに人でもビビらないとかっていうのは、多少バックパッカー時代の経験もあるだろうけど、一番大きいのは、25歳で独立してから、逃げられない環境になったってことだと思う。

松川

昨年で20周年ってこと?

豊田

そうそうそう。独立は94年の12月だったから、今21年目とか、それぐらいでしょ。

だから、その時に、いきなり年収が下がった。もうありえないくらい。

松川

あぁ、清水建設に行ってたっけ?

豊田

松川は頭良いし、要領も良い。渡り歩きてきたでしょ、常にレジュメを塗り替えて(笑)

だけど、おれはそれが下手だったから、いきなり年収が100万いかなくなった。初年度半年間、月給0。ありえないじゃない、普通に考えたらさ。2年目になって5万円、3年目で10万って設定したけど、7-8万しかとれなかった。30歳になっても年収300万いっていない。

本当につらくて、光が見えなくて、でも何かするしかなくて、でももう後にひけないっていう逃げられない環境の中で、やるしかないっていうのは身につけたと思う。その後、37歳かそこらで、本をだせるようになって、結果的に、15冊本を出したんだけど、そのメインのテーマは「すぐやる」なんですね。とにかくすぐやる人の考え方みたいな本で、ガンガンやっていかないと死んじゃうていうか、そういうのは別にやりたくなかったけど、やるしかない世界に放り込まれたっていうのが、一番今の自分の力になっている。

大企業から外れたあとは、ずっと地を這っているような感じだった。そこがあるから、もう人に何言われても関係ないっていうような感覚。場慣れって意味では、間違いなくそこで培ったんだと思うよ。何も怖くないっていうか。

松川

ある意味、すぐやってきたことで乗り越えてきた。その実績というか、自信もある。っていうことなんですね?

豊田

いま、ストリート・スマートっていう言葉がある。アカデミック・スマートあるいはブック・スマートの逆で、勉強したり本で読んだりして賢くなった人では、世の中の変化に、中々対応できない。それよりもストリート・スマート。ストリートで、実践でやって来て、試行錯誤しながら賢くなったやつらが勝てる時代なんだと言われている。おれはそっちなんじゃないかなという風に思っているんですね。間違いなく、それは25歳から35歳ぐらいの10年間が、完全なる修行の10年間だったかなって気がしている。

松川

なるほど。

豊田

35歳過ぎてから、ようやく1歩ずつ階段を上り始めて、37歳で本が出せて、本が出せたことによって講演の依頼がくるようになった。

大前提としては、父親が三菱商事で中南米や南米に15年間いたとか、小さい頃アルゼンチンに住んでいたとか、多少はあります。それによる海外への憧れみたいなものは、本当のキッカケとしてはある。親父みたいになりたいと思って意識はしたし、日本企業の一員として海外に駐在したいという想いから就職した。当時はバブル期だったから、ゼネコンで海外事業部に入ればすぐに海外行けたんですよ。で、実際ゼネコンに入って、海外事業部に配属されたんだけど、バブル崩壊して、もう撤退、撤退、撤退で。結局、清水建設では海外に行けないことになったんですよ。おれの予定としては、1年目から海外に行って2、3年過ごして、23歳か24歳で海外のアドミニのアシスタントマネージャーぐらいやって、帰ってきて社内の留学制度でMBAを取りに行ってと考えてた。でも全然ダメよ。MBA留学の制度は無くなっちゃう、海外駐在はできない。「おれ、何のために清水建設に入ったんだろう」って思って3年目で腐って辞めちゃったんですよ。

松川

そうだよね。あっという間だったもんね。

豊田

清水建設で得たものは、スキルや知識や経験というよりも、そこにいたという事実だね。清水建設っていう名前。一応、ちゃんとした会社に勤めていたんですねという事実があるというのは武器になってる。あとは、元ゼネコンでこういう人材育成の仕事している人っていないんですよ。しかも、本出版している人で元ゼネコンなんてほとんどいないから、それだけで人と違っているというか。すごくラッキーだなと思って(笑)

松川

20年以上たってから使い道がわかったみたいなね。

豊田

まあ、全部積み重ねで、昔の海外の経験とか、親の影響とか、バックパッカーで海外行っていたとかあるけど、でも一番成長したのは、25歳から35歳の暗黒時代かな。

グローバルに仕事するために必要なのは場馴れだと言い切る豊田さん。次回は、日本企業が持つ課題の解決に、いかに場馴れをすることが重要かのお話になっていきます。

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豊田 圭一

豊田 圭一

投稿者プロフィール

株式会社スパイスアップ・ジャパン 代表取締役/CEO
上智大学経済学部を卒業後、清水建設株式会社で約3年の勤務後に独立。15年以上にわたり 留学コンサルタントとして留学・海外インターンシップ・海外研修事業に携わる。その他、複数の起業を経て、現在、東南アジアやインドでグローバル人材育成のための海外研修事業に従事。インドのバンガロールにて英語学校Spiceup Academyも運営。
著書は『とにかくすぐやる人の考え方・仕事のやり方』『引きずらない人は知っている打たれ強くなる思考術』など全14冊。 早稲田大学トランスナショナルHRM研究所の招聘研究員、NPO留学協会の副理事長なども務める。

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