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『ネクスト・マーケット [増補改訂版]』を読み解く

第2回 プラハラード教授が伝えたかったこと

本書の構成

本書は、大きく5つのパートから構成されている。

著者のプラハラード教授は、複数の視点を提供することを目指している。そのため、基本的には、各自の関心に沿ってどのパートから読み始めてもらってもかまわない。もちろん、PART1から順に読み進めることによって、より深い理解を得ることができる。繰り返しになるが、CD-ROMに収録されているビデオは、ぜひ視聴してほしい。

それでは、本書の解説に進もう。今回は、PART1の序論を取り上げる。

BOPとはどういう人々か

BOP市場とは何を示すのか、またどういう人々なのかについては、さまざまな議論がある。教授の問題意識は、民間企業が貧困の緩和に果たす役割に向けられていたため、当初は「多国籍企業を含む大規模な民間企業からまったく、または不十分にしか顧客として扱われていない40~50億人の人々に目を向けさせる」(本書P33、以下同様)という単純な前提に基づいていた。

しかし、当然ながら彼らは同じような人々ではない。教育レベルや居住地域、地理的条件、所得水準、文化・宗教の違いなど、「万華鏡のような」多様性を持っている。このため、学者や実践に携わる人々の間で、何をもってBOPと呼ぶかをめぐって大きく意見が分かれた。

「経済ピラミッドの底」(Bottom of the Pyramid)という呼び方についても、自分たちより恵まれない人々に対して敏感になってもらうという意図があったものの、それを気に入らない人々からは「経済ピラミッドの土台」(Base of the Pyramid)と呼ばれて現在に至っている。

また、BOPとは何かを議論するうちに、経済ピラミッドの中間部、つまり新興中流階層にも注目が集まった。1日あたり2~13ドルで生活しているこれらの人々は、可処分所得があり、教育、医療、エネルギー、交通、衛生・保険などに支出している層である。おそらく、多くの日本企業にとっては、爆発的に成長しつつある中国やインドネシアの消費者市場がイメージできるので、わかりやすいかもしれない。これらの市場は、先進国市場のビジネスモデルを手直しし、商品やサービスの廉価版を提供することで、十分に開拓可能だ。

しかし、教授が取り組んだのは、このような比較的豊かな新興中流階層ではなく、1日あたり2ドル未満で生活している貧困層だった。「この市場は経営者、政府、市民社会組織を問わず、すべての人にとって新しいカテゴリーである」(P36)。そして、「BOP市場に積極的に関わるには、新しく革新的なビジネス手法が必要である。先進国市場のビジネスモデルを手直しするだけではうまくいかない」(P37)。

強いて付け加えれば、教授のいうBOPには、飢餓・疫病・地理的な孤立などのために「貧困の罠」から抜け出せずにいる絶対的な貧困層は含まれないだろう。ジェフリー・D・サックスが『貧困の終焉』(2006年、早川書房)で力説しているように、彼らには適切な援助が必要だ。だが、彼らが「経済開発の梯子の一番下の段」に足をかけて上り始めたとき、BOPのソリューションは彼らを押し上げていく原動力になるだろう。

結局のところ、教授はBOPとは何かという定義について、断定的な答えは出していない。けれども「40億人のマイクロ消費者とマイクロ生産者が相当規模の市場を構成し、イノベーション、活力、成長の原動力となっている」ことは明らかだ。大切なのは、BOPの定義にかかわらず、貧困層を新たな消費者ととらえ、ビジネスチャンスと見ることによって、今までにない可能性が開けてくるということだ。

商取引を民主化する

BOPのコンセプトがビジネス界に広まるにつれて、社会における企業の役割についても、新しい考え方をするリーダーが現れるようになった。これは、リーマンショック以降に広まった市場原理主義に対する反省や、地球環境問題によってクローズアップされている持続可能性への疑問と無縁ではない。たとえば、ビル・ゲイツは、「創造的資本主義(クリエイティブ・キャピタリズム)」を提唱し、収益をあげつつ、一方で今日の市場原理から十分な恩恵を受けられない人々の生活を良くすることを訴えている。あるいは、グラミン銀行での取り組みによってノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏は、「社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)」という考え方によって、信頼関係や人間関係の重要性を説いている。

教授は、こうした考え方に懐疑論者がいることも認めたうえで、「中心に据えるべき真の争点は、市場がすべての問題を解決できるかどうかではない」と論破している。「本当の問題は『どうすれば民間企業の意欲的で革新的なエネルギーが、人類が直面する重大な危機を解決するために使われるよう仕向けることができるか』である」(P56)。

そのうえで教授は、21世紀の真の挑戦は「商取引の民主化」であるという。すなわち、あらゆるマイクロ消費者、マイクロ生産者、マイクロ革新者、マイクロ投資家、マイクロ起業家がグローバリゼーションの恩恵を享受できるようにすることである。

プラハラード教授が伝えたかったこと

「すべての人は最低でも、尊厳と自尊心を持ったマイクロ消費者として扱われなければならない。すべての人は自ら選ぶことができ、世界レベルの製品とサービスを手に入れることができなければならない」(P57)。そのためには、情報の提供、機会の提供、金融機関や市場へのアクセスなどを実現していくことが必要だ。そしてそれは、利益を伴う企業活動を通じて行うことで、持続していく。

「かつては富裕層が権利意識を持っていた。企業がこれまで以上に貧困層にかかわるようになった結果として、貧しい人々も自分たちには尊厳や選択、社会的上昇の権利があると感じるようになってほしいと思う。この変化は世界中の人々のみならず、社会や環境も救うものだと私は確信している」(P61)。これが、プラハラード教授が本書を通じて私たちに伝えたかったことではないかと思う。

次回予告

次回は、BOP市場における取り組みについて体系的にまとめられているPART2を取り上げる。

筆者について

矢野陽一朗

慶應義塾大学経済学部卒業。1992年にアンダーセン・コンサルティング(現・アクセンチュア)に入社し、マネジャーとして活躍。2000年、同志とともにスカイライト コンサルティングを設立し取締役に就任、現在に至る。専門はテクノロジー分野における新規事業の調査、企画、立案および立ち上げ支援。情報通信業、金融・保険業、流通業などでのコンサルティング実績多数。

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